本当に大切なもの 食・農・こどもたちの未来 そして私たちの暮らし NPO法人  使い捨て時代 を 考える会

 

更新 2017 .9 . 25

 農産品取扱いの方向性(1976年1月例会で採択)

 私たちを取りまく食糧事情は量と質の両面で厳しい状態になっている。よく知られているように日本の食糧自給率は50%以下で、今日では約半分の食糧を外国に頼っているのだ。すなわち、もし世界に異常気象や国際政治の動乱がおこったなら、私たちが戦時戦後に経験した以上の飢餓に見舞われる危険が十分あることを、これは意味している。そして、このような状況の改善の見通しは立っていない。農地の宅地・工業用地・道路などへの転用はすすみ、専業農家は減る一方である。昨春の中・高新卒者92万人のうち、農業をついだ者はわずか1万人という統計が、農村の将来を予言している。さらにまた、農業は工業生産性との競合を強いられ、機械化・化学化により変質し、化学肥料・農薬の多用で農地の荒廃はすすみ、農産品の安全性もいちじるしく失われた。そのことは私たちの健康維持にも悪影響を与えている。

  このような荒廃はいったい何によってもたらされたのか。あの高度成長で「便利で豊かな生活」が拡大し、その波は農村と農村生活にもおよんだ。都会に華美な生活があるとき、誰が泥と汗にまみれて働くことをするだろう。不必要な自動車を高速で走らせるために、地力豊かな土地はブルドーザーのエジキと化した。私たちが、便利だ豊かだと浮かれて使い捨ての大量消費をすすめればすすめるほど、それを支える工業は肥大し、資源は浪費され、環境破壊は拡大し、そして、農業はさらに荒廃していく。このことに思いをいたすなら、私たちは安全な農産品を安定して確保したいと希望する前に、自分自身の生き方・考え方に真剣でするどいメスを加えるべきではなかろうか。その努力を行わずして、ただ安全なものが欲しいと叫ぶだけでは、結局それはエゴイズムでしかない。本会が、安全農産品を「考える素材」として重要視しているのは、その努力をみんなで積みかさねたいためである。

  それにしても、事態は深刻の度を加えている。私たちができることは、すぐに着手しなければならない。そのささやかな一部が安全農産品供給センターの設立であり、具体的な「農産物の生産・供給・消費における新しい流れの形成」である。農業の荒廃とともに私たちの生活態度が放漫になりきった現代においては、この作業は容易なものではない。多くの困難が次々とたちあらわれるに違いない。それらをのり越えるためには、生産者、消費者の深い信頼に基礎をおいた緊密な協力は必須不可欠である。消費者の喜びを喜びとする生産者が、また生産者の喜びを自分の喜びとしうる消費者と結びついて助け合うことなくして、私たちの前に道は開けない。個々の局面で一喜一憂したり、自己の利益を主張しあったりせずに、すべてを前向きに、さらにお互いの役割を尊重しあうことが必要なのである。

  私たちが、ひとつの家族のような緊密な信頼に結ばれたひとつの輪をつくり、生産者・消費者の立場の違いを超えて協力する努力を始めたのならば、この輪は狭く閉じることなく拡げていかねばならない。この努力の継続によってこそ、安全な農産品の安定した供給は実現する方向にむかうだろう。