本当に大切なもの 食・農・こどもたちの未来 そして私たちの暮らし NPO法人  使い捨て時代 を 考える会

 

更新 2017 .11 . 20

使い捨て時代を考える会40周年記念連続企画第4弾

 未来は変えられる!~子供たちの未来のために~

原発事故後の福島と私たちの歩み

大内信一×村上真平

留まる者、転出するもの、どちらも厳しき道だが、必ず恵みも共に与えられると 

               信ずる」(大内信一/福島県二本松市有機農家)

「もういっさい後ろは向かない。自分たちのやったことが総て無になったということなのだけれど、後ろを向いても意味がない。前をむいて何をするか」

                 (村上真平/飯舘村から三重県伊賀市へ・自然農法)

 

 大内信一さんは言います。

「日本は経済発展を追求する中で成長を遂げました。我々は原発反対と言っても、その流れに甘んじてきたと思います。そして日本がこの福島の苦しみをもとに本当に立ち直れるならば、我々はその苦しみを甘んじて受けなければならないと感じました。しかし日本はやはり、経済成長を維持するために原発をどうしてもやめることができないでおります。そういう中で我々はどう生きるのか、本当に苦悩しております。この事故をもとに、本当に脱原発、自然エネルギーへの転換がなされなければ、福島の苦しみは癒されません。福島から離れる人も多くいます。悲しく寂しいことだがわれわれはそれを止めることもできません。また福島の地で安全な農作物などできるわけがないという人もいます。そういう中で私は土の強さと作物のかしこさに触れ、助けられております」。

 福島から遠い私たちは、これら言葉をどう受け止めたらいいでしょうか?

 また私たちは、2011年6月18日、飯舘村から避難し、三重県伊賀市で就農をはじめた村上真平さんを、講演会に招きました。村上さんは、さらに6月26日梅小路公園からおこなわれた、バイバイ原発・京都デモに参加。村上さんは、横断幕を持って、先頭を歩きました。

 村上さんは原発事故直後に飯舘村を離れ、3月16日に三重県に来ました。この2年半、こちらでの経験はどのようなものだったのでしょうか。

  以上二つがこのトークセッションのテーマでした。

  毎日新聞に大きく取り上げられました。

 

大内信一(おおうちしんいち):有機農業

1941年生まれ。1956年に就農し愛農会と出会い40年

前に有機農業へ転換。1978年には二本松有機農業研究

会を結成し、福島県二本松にて有機農業を実践、消費

者との連携・交流活動を続けてきた。2011年3月に発

生した福島原発事故以降 も福島県にとどまり農業を営

んでいる。

村上真平(むらかみしんぺい):自然農法農家

1959年福島県田村市生まれ。1982年インドに渡りガ

ンジー・アシュラムに滞在したのをきっかけに海外協

力の道に入り、バングラデシュで6年間、タイで5年間

、自然農業の普及と持続可能な農村開発の活動に関わる。

2002年に帰国し福島県飯館村に入植。「自然を収奪し

ない農の在り方と、第三世界の人々を搾取しない生活の

在り方」を探求し実践していたが、2011年3月11日深夜、

福島第一原発のメルトダウンを知り、12日早朝、飯舘村

から避難。現在、三重県伊賀市に在住。